冬の空/雪の降る時
“冬の空/雪の降る時”
さっきまで見えていた月は分厚い雪雲に隠れ、街は人口の明かりで満たされる。町のいたるところに電気がつき文明の力を感じる時間。誰しも当たり前と思っている光景がまた繰り返されている。
ざわざわときこえる街の喧騒。歩くと少しだけ積もった雪が蹴り上げられ、その身を低空に散らす。
俺はそんな中を携帯電話を耳に当てて歩いていた。もちろん会話をするためだ。耳に当ててメールを打てる人間がいないかぎりはな。
「ああ、舞か?」
「……祐一、遅い。何時もより三十分も電話がかかってくるのが遅い」
電話から聞こえてくるのは、何時もの聞きなれた声。それでもその声を聞くと暖かい気分になるのは高校時代のあのときから変わらない。今日はその声が少しご機嫌斜め気味だったから少しだけ笑ってしまった。
「悪い悪い、ちょっと仕事で遅くなっちまった。少し腹が減ったからなんか食って帰る」
「私が作った料理はどうするの? 食べてくれないの?」
「もちろん食べる。舞が作った料理を俺が一度でも残したことがあるか?」
「……ないと思う」
「だろう? ちょっと小腹がすいたからさ。少し軽いもの食べて帰るだけさ。」
「分かった。でもあまり遅くならないようにね」
ピッ、と電子音が鳴ったあとにつーつーつーと続く。
俺は携帯電話を内ポケットの中にしまい、なんとなしに空を見上げた。
分厚く月を隠した雪雲から、その色とは正反対の白い雪がちらつき始めた。それは大空の彼方から深々と重力にしたがって降りてくる。じっと空を眺めているとふと街の喧騒が遠のいた気がした。そのまま目を閉じてみる。
まぶたの裏に再生されるのは高校時代。あの街ですごした時期。あの時は嫌いだった雪の中、2時間も誰かさんに待たされたな。それに雪には色々思い出がある。よいことも悪いことも。それらが全部雪の結晶となって俺の中に降り積もっている。今も昔も同じように。
こころなしか今見ている光景はあのときに似ているなと、俺は頭の片隅にふと思った。
「まったく、年なんて取るもんじゃないな……昔が懐かしく思える」
なんとなしにつぶやいた言葉が白い息となって世界に解ける。いつの間にか息も白くなる季節になっていたのかと、自分でも驚いた。そのことがキーワードになったのか、世界は元の喧騒を取り戻した。
「うわ、結構寒いな……さて、どこで飯を食おうか」
きょろきょろと辺りを眺めてみる。ふと目に留まったのは大手ファーストフード店。ここで良いかと俺はいつの間にか立ち止まっていた場所から移動した。
☆
「さすがはファーストフードだ。出てくるのが早いぜ」
入店して二分。既に俺は注文した品を受け取った。一階の席は既に満席となっていたため今は階段を上っている途中だ。
かつんかつんと、革靴が軽やかな音を立てながら階段を上っていく。開けた視界の先にはほぼ満席の二階の現在の様子。これは立ち食いか……
そうは思いながら空席はないか店内を眺め回していると、ふと一つの空席を見つけた。既に一人そこで食べているが相席させてもらおうと思いその席に向かう。
「ここ、あいてますか? 相席させていただきたい」
「……あいてますが、どうぞ」
ぶっきらぼうに青年は視線を合わさずにそう答えた。特に気にも留めず席に座り自分のものを食べようとする。
そこでふと、青年の着ている服が目に留まった。それは俺が勤めている会社の下請けの服に似ていた。もしかしたらこの青年とあっているかもしれないと思うと、少しだけこの青年に興味がわいた。
ざわついた店内と、それに反比例するかのように黙々と食べ続ける二人。青年がふと顔を上げたときに見たことがある、そんな気がした。そこで少しだけ話してみようかなとそんな気分に襲われた。
「なぁ、君。もしかしてうちの会社の下請けじゃないか?」
そういいながら、懐に入っている名刺を差し出す。青年はそれを受け取り、ふと顔を上げた。
「そのようですね、すいません。何かしましたか?」
青年は何か自分の会社がミスをしたのかと思ったようで、「何かしましたか?」の口調にそれが表れてる気がした。やばいと感じて
「ああ、いや。特に何もないよ。下請けさんに服が似ていたからね。ああ、君歳はいくつだい?」
「十九ですが……それが何か?」
「ふむ、俺は二十四だ。お互い歳も近いようだし。敬語はなしな。プライベートなことだし当たり前だが会社は関係ない。俺と君の関係だからな」
「はぁ、そうですか。分かりました」
そこまで言うと、青年は自分の飲み物に口をつける。何とか変な誤解は解けたようだ。
「そういや、名前を聞いてなかったな。俺は相沢祐一。二十四歳だ。北国からここにきたんだ。君は?」
「俺は、岡崎智也。十九歳のこの町出身だ。しかし見た目よりあんた口調がざっくばらんなんだな」
口調も先ほどと変わりざっくばらんとなっている、だが見た目よりってなんだ……
「あたりまえだ、会社口調を何時までも続けていろ……身の毛がよだつ」
「ふぅん……あんた一人暮らしなのか?」
「いや、嫁さんが一人いるぞ。まぁ、それまでに色々あったんだが、な」
俺はこの青年に話たがっているのだろうか、あのときのことを。
「まあ大変だったんだな」
「大変だっただけで片付けられたらどんなにいいことだったか――今でも結構な尾を引いてるさ」
「そうか」
それからは昔のことに話題は移らず何事もなく食事は進んだ。会話は相変わらず何事もないありふれた会話、仕事のことや最近起こった社会の出来事。店内にかかっていたBGMも最近流行ったアップテンポの曲から、少し前に流行したスローテンポな曲がかかり始めたときに会話の内容が変わった。会話の流れは向こうが作ったと思う
「社会にでてから、つらくなったよ。学生のときあんなに嫌っていた日常が、今では懐かしく思える」
「そうか、実は俺も思ったよ。のんびりできていたあのころが一番よかったんじゃないかなってな。でもそれにしては君の表情は他の人とは違うと思うぞ」
「ああ、守らないといけない人がいるしな。」
ああ、そうか。俺より若い奴が何か決めたことがあるんだ。負けてられないな……
「へぇ、その年でそんなことを考える奴がいたとはね」
「……発言がおっさんくさくないか?」
微妙にショックな発言だ。
「ま、まあな。一応それなりの経験を積んだ青年ということにしておいてくれ……さすがにおっさんはまだ嫌だ。近所の子供からもおっさんといわれてるかもしれないからせめてこの時だけは青年と思わせてくれよ……」
「そうか。それは悪かった」
俺は今にも泣き出しそうな顔をしていたのだろうか、智也も幾分か引きつったような表情でそう答えた。
「まあ、それはいい。守らないといけない人はしっかりと守るべきかな……」
「それは、あんたの経験からか?」
言葉にこめた感情が伝わったのだろうか、先ほどとは打って変わって智也の声も表情も先ほどとはまるで違う。
「もしかしたらそれほどの経験したのかもしれないかもな……だけど俺から言えるのはこれだけだ。自分にできる限界のことをして守ってやれ。後悔するのは精一杯自分にできなかったをする奴だけがすると思う」
「……後悔するのは精一杯した奴じゃないのか?」
「自分でできることをした奴に後悔をする事は無いと俺は思ってる。それは後悔じゃなくてただの言い訳だ。あれができなくてこうなった……力が足りなかった、などを除けばな」
俺はいまだに昔のことを後悔している、できれば前に座っているこの青年だけには感じて欲しくないと……だけど結果は残酷で味わうことになるかもしれない。今できるのは経験から物を言うだけだと俺は自分にそう言い聞かさせる。
「あんたは、なにかを後悔してるのか?」
「まあな……だからこそ君にはこの思いを感じて欲しくない。できればうまくいくことを願ってる」
「よかったらでいいんだが、少し聞かせてくれないか……」
「少し――長くなるが良いのか?」
「今聞いておかないと、一生聞けないかもしれない経験の話かもしれない。それはあんたの表情で分かる」
少し顔がこわばっているのだろうか、昔のことを話すのはいまだに慣れない。なおかつそれが栞の話だったら……
「たった二週間の出来事だがな――高校時代俺の知り合いにある少女がいた。出会いは奇妙なものだったが、どこにでもいるありふれた少女だと俺は思っていた。毎日誰かに会いに学校に来るのに私服で、本人はただの風邪だと言っていた、その時の俺はそのことを信じていた。まぁ、本人がそういうのなら……といった具合にな。数日が立ち、俺とその少女との奇妙な縁はまだ続いていた。ある出来事まではな」
そこまで話して手元にあったコーヒーを一口、口に含む。口の中が乾燥して、緊張しているのだと自分でもいまさらにわかった。
「ある日、その少女には姉がいることがわかった。その姉は俺のクラスの同級生で転校生だった俺からは親しい友人と思える奴だ。その姉に少女と同じ苗字だといったら、私には妹なんていないと返ってきた。その少女の苗字は珍しくてこの友人以外にはいないのではないかと思えるような、そんな苗字だった。その時俺はその言葉に違和感を感じながらも納得するしかなかった。その場はそれで済んだよ。だがそれからまた数日立った時、その姉から呼び出されたよ。その時の会話はいまだによく覚えてる。風邪だといっていた少女は実はあと少しの命だったってことをな。誕生日までは生きられないだろう、そう医者にいわれていたほどのな……だから俺はできる限りのことをしてやろうと思った、だけど既に誕生日にかなり迫っていた。こんなことをしてやりたい、こんな思いをさせてあげたい――いろいろなことを考えて実行しようとした……だけど残酷だよな、現実とは」
店内に流れていたスローテンポな曲も終盤に差し掛かり、俺の話も徐々に終わりへと近づいていく。
「医者に宣告された、誕生日まで生きられないとは誕生日の日、当日まで生きられるというかすかな希望も含んでいたと思う。しかし誕生日一週間前の日に少女は息絶えたよ……俺はその場に居合わせることも、何もしてやることさえもできなかった。知るのが遅すぎたとは言わない、俺が少女が言っていたことを嘘と見抜けなかったんだからな。凄い後悔した。その後悔していた俺を言葉で、行動で支えてくれたのが今の俺の妻だ、彼女に出会っていなかったら俺は今でも激しい後悔の中にいただろう。君はそんな風になってくれるなよ」
「すまない……話させてしまって。だけどありがとうはなしてくれて」
ことんと、紙コップに入った飲み物を机におく音が聞こえた。
「俺は後悔しないよう精一杯のことをする。あんたに誓おう」
「ああ、がんばれよ」
その言葉を皮切りに俺たちは別れた。俺は愛しい妻の待つ家に、彼は守るべきものが待つ家に。
帰り道、曇っていた空の割れ目から月がうっすらと出ていた。雪はまだ降り人通りの少ない道に入ると自分の鼓動が聞こえるほどの静寂ではないかと思えるほどの静けさ。足元に積もった雪はざくざくと音を立て高ぶった俺の鼓動を落とすかのように空からは純白に見える雪が深々とふってくる。
ふと今日であった彼といずれ会うことがあるのかと思い、話した過去に思いをはせる。
そして頭に少し雪が降り積もり、体も冷えた時。俺は家の玄関を開けた――
後書き
久しぶりに後書きなどを、というよりこのSSの設定を公開します。短編といっても初めて書くクロスオーバーなのであまり上手に両方を活用できなかったかもしれません……コピペなので原文のままです。
カノンとクラナドのクロス。季節は冬。雪がちらつく季節。
カノンからは6年。祐一は舞とくっつく。祐一は就職、舞は家に主婦として活動。
SSの進行上、祐一は栞のルートと舞のルート、両方を進んだと仮定。しかし栞は誕生日どころか1週間前に死去。自分に力がなかったと嘆く祐一に舞がフォローを入れたと仮定し、そのフォローから徐々に舞を意識し始める
現在の仕事は智也たちの元受の会社という設定。入社で智也たちが住む街に越してきたということで。クラナドの潮が死んだときに雪が降っていたことを考えれば雪がちらつくのは不自然ではないと思う。また栞という名前はあまり出さない方向で。
クラナドからはアフターの時期。渚がもうちょっとで卒業するところ、智也は就職。渚とくっつき自分とその将来について真剣に考え始める。無論、まだ潮は生まれていない。渚がまだ在学中にも結婚だけは漠然と捕らえている感じは私的に受けたのでその部分をすこしあいまいに書ければ良いかな。