暗い、ただ規則的な電子音が響く部屋。
 俺はここ数年。ずっとこの部屋で戦っている。日も入らず天井にぶら下がっている電灯が唯一の明かり。部屋は消毒液臭く、着るものは白衣。
 そんな部屋で俺は戦いを行っている。
 そんな俺は服を着替え違う部屋へと向かう。自動ドアが開き丸いライトで照らされた台が見える。
 俺は行動を始めた。






“長年の戦い”





 ここ最近「天国は、本当にあるのだろうか」と俺はそんなことを考える。
 昔、仏教が伝来し庶民にも広まり始めてきた時代、人は天国の事を極楽浄土と言い、そこに死後向かうために頭の毛を剃り出家をした。俗世と離れ身も心も清らかとなるために。中には権力を握りうまく来世での幸せを得るために出家した、権力者もいたようだが。
 では今の時代はどうだろうか?
 確かに昔と比べるのも愚かなほど文明は発展し身の回りも豊かとなった、そして医学の発展と共に平均寿命も延び、人は長くこの世にいられることが出来るようになった。たとえそれは寝たきりであっても生きている。
 だが、中には若くして落とす命もある。無念を感じる暇も無く殺された人もいる。それなのに殺したものはのうのう生き残る。
 人間では刑務所に行き刑期に服したり、刑務所の中で死刑の執行を待つ囚人も多数いることだろう。
 だが、それが人間でなく目に見えない病気だとしたら?

 



 手元にあった、鋭利なものを持ち俺は目の前のものに切り口を入れる。すっと、綺麗に長い縦線が入り、開く。

 



 人の命を絶ったものが人ではなく病気だったら、残された人はどうするのだろう。
 ただひたすら病気を恨むか、あきらめるのか。それとも他の同じ病気の人の不幸を祈るのか。
 俺の目の前に広がった無限の選択肢の中、病気を撲滅することに決めた。栞がなくなったその日から。 
 その病気を憎み、そしてひたすら無力だった頃の自分から逃げるため。
 必死になって勉強をした、気が触れたように机にかじりついた。秋子さんも名雪も俺を心配してくれていた。俺はそれらを横目で見るだけで答えず、高校三年生を過ごした。その甲斐があり俺は全国有数の医学部に入ることが出来た。でも特に感慨は無かった。はやく研究を始めたかった。
 あれから十数年。
 俺が今、医療の場に携わるのは、「病気の人を救いたい」そんな崇高な理念なんて持ってない。
 ただ、あの病気が憎い。それだけだ。
 俺は人間で言うところの復讐者だろう。
 相手を死に至らしめる道具はナイフではなく、メス。
 息を止まらせるには首を絞めるのではなく、薬品。
 人を殺すのとは違う過程で奴らは人間に屈する。それが近代からの人間と病気との闘い。
 長く、根気の要るまるでいたちごっこのような戦い。





 鋭利なものを置き、中に手を入れる。目的のものは時間も掛からずに見つかった。
「ここを任せる」
 そう助手に言って、俺はその場を離れる。これを確認をしないといけない。




 奴は中々世に現れず、薬を投与させてくれる被験者もいない。症状を表し死んでしまったものは俺の研究所に運ばれ俺はソレを「解析」する。俺には栞以外に興味が無い。
 血色の無い、消毒液のにおいがするソレ。
 ソレはただ、俺にとって奴に再会するための道具でしかない。
 遭遇しては捕らえ、実験し、薬を与え、確かめる。それらは全てこいつを効果的に潰すためだ。そのために俺はいつもソレを求める。復讐の達成のために。

 そう、俺は復讐者。愛しいあの子を失った苦しみに俺は復讐を誓った。
 だから今日もこの薄暗い、日の光は入らず消毒液のにおいに満たされたこの閉鎖的な空間に俺はいる。
 奴をこの手で完膚無きにまで潰すために。その為なら、どんなことでもやろう。





 取り出したものの一部を機械に入れる。色々な作業を経て俺は顕微鏡を覗き込む
 やつが、いた。





 俺は、唇の端が釣りあがるのを抑えることができなかった。
 もう、そろそろ戦いは終わると。俺の右手にある薬品がそう言っているような、そんな気がした。