“温泉の気持ち”
私の体の半分は水と硫黄で出来ている。後の半分は優しさと慈しみの心。その体温で人を優しく包み込むのが趣味かな。趣味と実益を兼ねた完璧な仕事だ。
私の魅力に日本人を問わず外国人もメロメロ。
そう私は人気者、昔は私で洗濯物を洗うと汚れが良く落ちると評判だったときもあったんだ。今では色柄物とか色々出たせいで洗濯物には使われなくなりお家の洗濯事情の第一線からは退いてしまったけれど。最近はドライクリーニングとかも指定されているからね。全く昔の麻で作られた小袖が懐かしいよ。
最近、偽装表示などで私たちの仲間が色々言われているけどその点は大丈夫。完全無欠な純粋源泉温泉だ。何処かでえらく偽装されているが私は純粋だ。ほらそこに成分表も書いてある。
さあ、読んでくれ。隅から隅まで嘗め回すように。これの板切れ一枚が天然100%と政府が認めている証拠だ……嘘は書いてないよ。ホントだよ? 今嘘ついたら、物凄い勢いで通報されてしまうからね。
そんな時ガラガラと音がして、脱衣所と湯船を隔てている扉が開いた。
「さぁ。温泉に入ろうか」
「おお、広いな」
「うむ、貸切だ。全く人がいない」
「おお、蛇口が一杯だ。これ全部、全開にしてみようか」
浴場に入ったきたのは、金髪の男とちょっと身長の小さい男の二人だった。となると今日の私は男湯か。やはり私の気合が入るのは女湯のときだ。男が嫌いと言うわけではないがやはりやっぱりね。こう……違うわけさ。やる気とか、出す気とか。
そんなこんなでこの二人組みは長々とお湯に浸かっていた。
大体30分くらい経ったときだろうか、金髪が湯から上がった。
「さて、じゃあこれを洗うか」
「おい、お前の汚いものを見せるな。んでその手で俺に触るなよ。穢れる。俺に用事があるならまずエタノールで消毒してから俺に触れよ。」
そう言われながら金髪は湯に入る前に桶の中に入れていたものを取り出す。その際にタオルがはらり。友人は金髪の前の物が見えたわけだ。……こいつ小さいな。それにやはりポロリは女性でないと嬉しくない。男のを見たって張り切れない。源泉から出るお湯が噴出さない。
「ててててってて〜。ボーダー柄のトランクス〜」
「パンツを洗うのかお前、つかいいのか洗っても。ここ温泉だぜ?」
「皆! 俺の臭いパンツを見て大いに笑ってくれ!」
「イィヤッホォォゥゥ! って笑えねえよ! だからどこでそのくっさいパンツを洗うんだっての。まさか、元湯に付ける気じゃないだろうな?」
「大丈夫、ちゃんと桶につけて洗うから。さすがに源泉には漬けられないぜ、熱いから」
そういいながらそのパンツを思いっきり私本体につけるな。私に手足があったなら思いっきり目潰しをしているところだ。
「やっぱりよく汚れが落ちるな〜。俺、今度からこの温泉で洗濯しようかね」
後にどうやってここまで毎日来るんだとか、お前の下の毛が私の中に浮いているだとか、その毛は黒かったとか、洗った後の湯をまた私に戻したとかはどうでも良くなった。金髪が体液を私の中に残していった事を従業員に洗ってもらっているときに気がついたから。
そっちのほうに限りなく汚された気がした、そんな日。
そして、今日も脱衣所の扉が開く。
「きゃ〜、やっぱり家のお風呂とは違って温泉って広いね」
「うん、そうだね。手足がのんびりと伸ばせるね」
「うん。じゃあぱっと身体を洗って入っちゃおっか!」
今日は女湯か。
やはり若いのはいい、こっちまで張り切って蛇口から水が出せる。彼女達の肌に当たる私の分身を弾く所が感じるところが全くいい感じだ。先に入ってきた女の人が髪を一つにまとめ、ちらりと見えるうなじがたまらない……さらに温泉に入るときはタオルは着けてはいけないんだ、と言う事はナニがナニでナニが私には丸見えと言う事だ。この職業の役得だね。さらにしなやかな足が私の中に入る瞬間を想像しただけで身震いがする。若さがなせる滑々の弾力に富んだ肌が、私の前に立ち私を誘いながら天国へと迎え入れようとしている幻覚が見える……正にここは天国のようだ。
「やっぱり温泉はいいべな〜。若がえるべ」
「心なしかお肌が若くなった気がするべさ」
……ソレに引き換えなんだ。このおばさん連中は。肌はどろどろ水は弾かずに吸収。まずおばさんの身体を見る趣味は私には無い。悪いけれど熟女趣味は無いんで。それに私に肌若返りの効果は無いぞ、と伝えてやりたいくらいでもある。
殆どの人は若返りの効果を希望してここに来るがそれなら、「ドモホルンリンクルでもやっておけ」とおばさんにはいってやりたい。最初は無料お試しセットが送られてくるらしいが、本当にそれが効くかはわからないけれどな。
「コップに温泉入れていくさ」
「これで入れ歯洗浄をするときっとよくよごれがとれるべ」
「まったくさ、これも温泉さまさまだ〜」
「これで完璧だべ」
……「よく汚れが取れる」だと! とれないよ。むしろ入れ歯と硫黄が化学反応を起こして硫化水素が出るんだよ。全く、これだからおばさん連中は……何で風呂の中で入れ歯の洗浄をするかね。
温泉の中で肩までつかるな! 心臓が止まるぞ。唯でさえ心肺機能が弱いんだからっ…
「トメさん、コップの中に髪の毛が浮いているさ」
「おおう、なんてことだべ。よいしょっと」
ああぁ……消毒液入り、入れ歯洗浄をされた私の分身が戻ってきた。
直で、排水溝経由とかじゃなくて直で。心なしか臭い。
今日は普通にこの私全てを洗浄して欲しくなった。従業員さんに。
そんなこともあるけれど、私は温泉に生まれてよかったと思う。皆が気持ちよさそうな表情をして私に浸かってくれているのを見るのが、私の一番の幸せだ。これからもずっと温泉でありたいと切に願う。