あれ…
 ここは、どこだろう?



 なんだか……狭くて熱い。








 なんだか、さっきまでのことがうまく思い出せないや。

 あっ、そうだ。僕はお父さんとお母さんと一緒に車に乗ってたんだっけ。
 それで、それからどうなったんだろ…?
 まだ、小父さんの家には着いてないよね?





 僕は分かりを見ようとして気がついた。
 あれ…周りがとっても暗いな。もしかしてもう夜になったのかな?  それに身体がうまく動かせないや。

 そして僕は唯一自由に動く手に、何か生暖かいものが付いている事に気がついた。




 何だろう、暖かいどろどろしたものは?


 匂いを嗅いでみる
 僕の嫌いな鉄の匂いがして好きじゃないな、後で手を拭こう。



 そんなことを考えながら僕は手を伸ばす。







 こつん






 何かに当たった音がした。
 微妙に暖かいなぁ。
 そんなことを思いながらそのところを見てみると。

 「………冬斗? 大丈夫?」



 僕は少し安心する。
 ああ、この声はお母さんだ。其処に居たんだね、お父さんは?






 「良かった、冬斗が無事で…」

 そう言って僕の頬を撫でる。一回撫でられるごとに僕の嫌いな鉄の匂いは強く、どんどん強くなっていく。
 うん。僕は大丈夫だよ。それよりお父さんは? ここにはいないの?

 「いい冬斗、良く聞きなさい。お父さんはね…」


 うん、お父さんが?




 そう聞き返したら、お母さんの瞳が、不意に――ブレタ。
















 「お父さんは……今、死んじゃったの」
 オトウサンハ……イマシンジャッタノ。その言葉が僕のココロを走り抜ける。


 そうして、僕の頬を撫でるお母さん。
 その瞳には涙が浮かんでいた。僕はそっとその涙を手で触ってみる。
 暖かかった。どんなに拭っても、止めど無く涙が出てきた。
 僕はどうしようもない気持ちになって、お母さんを見ている目を閉じた。



















……ああ、この時の母の顔、母の匂いを、俺は一生忘れることはできない




“空の中に歌う譚詩曲 #1”




 何かがせわしく鳴いている。
 カーテンの閉まってない部分から漏れて出た朝日が、容赦なく少年の顔に降りかかり、少年は頭を押さえながら起きあがった。

 「…また、あの夢か」
 そういいながら少年は枕元に置かれた時計を手に取る。

 時計が示した時間は七時三十分。
 それまでぼんやりとしていた彼の顔がとたんに険しくなる。

 「……せっかくの休日になんでこんなに早く起きたんだ? 俺は」
 そう言いながらカーテンを開ける。


 カーテンから漏れていた一条の光は瞬く間に部屋全体に広がり全部を覆いつくす。
 多少目が眩んだのか、目を細めながら光の中で少年は一回身体を伸ばした。

 外はすっかり春らしくなり、暖かな日光がしばらく前にあった雪を跡形も無く溶かした。
 こうして季節は移り変わってく。
 そしてこの少年、男なのにやけに髪が長い。大体肩まではあるだろう…――鬱陶しそうにその髪を後ろに流しながら、もう一度ベットの上に身を投げる。
 少年に身をゆだねられたベットは、軽やかな音を立て少年を受け止めた。

 「あの夢を見るという事はまだ、吹っ切れてないんだな。俺は…」

 そう言いながら、手を光のほうにかざす……なかなか絵になる光景である。
 しかし少年はそんなことを思いもしなく、独唱を続ける。

 「…父さん、母さん。俺は今を生きているんだよな?」

 傍から聞くと、首をかしげる事を平然と言ってのける少年。彼には特に疑問に思わないことなんだろう、身体を起こしながら言葉を続ける。
 そう独唱を続ける彼の目には、悲しみの色を湛えた瞳があった。そうしておもむろに開いた手を握る。

 「俺は、貴方達の分まで生きるよ」
 それは、まるで何か目に見えないものに誓いを立てているようだった。その状態を保つ事数分。再度行動を開始した彼には先ほどの雰囲気は無く…――目にも既に悲しみの色は無かった。

 「せっかく早く起きたんだからな――たまには朝から葵と拓馬に旨い物を朝から食わしてやろうか」
 そう言いながらいそいそと少年は着替える。程なく着替え終わり部屋を出る。

 少年がいなくなった部屋に満たされた光を住人としていた。
















 「ふああぁ…」
 彼はは大きな欠伸をしながら、食卓があるキッチンに足を運ぶ。
 さすがに休日の早朝、誰も起きてはいない。

 「…こう見事に誰も居ないとなぁ。まあ予想通りなんだがな」

 そんなボヤキも家の壁にすいこまれ何事も無かったように静かになる。
 その雰囲気の中彼はテレビの電源を入れる。その行動に応えてテレビはその身体に映像を映す。

 なんてことの無い朝の風景、日常の事。
 いつの間に入れたのだろうか、彼の手には湯気の立つコーヒーがあった。

 「とりあえず、朝飯を作るか」
 しばらくの間他愛の無い朝の番組を見ていたが、おもむろに立ち上がり椅子に掛けてあったエプロンを手にとり台所に入る。
 決してエプロンが似合わないわけではない。むしろ物凄くはまっていた。

 しばらく冷蔵庫を漁り、目的の材料達を見つけ出し取り出していく。
 「さて、始めますか!」
 腕まくりをし、気合をいれ料理に取り掛かった。














 「うん、できたな」
 そう言った彼の前にはなかなか豪勢な朝の献立があった。

 ご飯、味噌汁
 目玉焼き
 豆腐
 鯵の塩焼き
 以上
 「まぁ…こんなもんだろう」
 そう言いながら彼、川上冬斗は満足げに頷いた。

 (ご飯が柔らかかったな…少し水を入れすぎだ)
 そんなことを考えつつエプロンを外す、そんな時に…


 「あれ…? 冬斗兄さん。今日は早いんだね」
 上は、白のタートルネック。下はジーンズといった格好で男が入ってきた。
 「おう、拓馬おはよう。今日はなぜか早く目、覚めたからな。結構朝から頑張ったぞ?」
 そう返事を返しながら冬斗は冷蔵庫からお茶を出す。その間に拓馬は廊下からキッチンに入る。

 「…ああ拓馬、悪いが葵を起こしてきてくれ。じゃないと俺の料理が冷えちまう」
 お茶を出しテーブルに置いたところで、冬斗は席につこうとしていた拓馬に声を掛ける。

 拓馬はわかったといいながら、キッチンから出て行く。
 これが彼らの中では普通なのだろう――冬斗は着々と朝の準備をしていく。





 「起こしてきたよ」
 「ん〜、まだ少し眠いよ。冬おはよう」
 「ああ、おはよう葵」
 そうして彼らは席に着く。

 「よし、では食べるとするか?」
 冬斗の音頭により食べ始める三人。


 かちゃかちゃという食器の音が鳴り響く。
 「…うん、冬斗兄さん。なかなかいけるよ」
 「あたりまえだ、誰が作ったと思っている?」
 「ん〜でも冬斗、私はもう少しご飯は硬いほうがいいな?」
 葵の言葉に冬斗は肘を突いた
 「それは俺も思った。ま気にせず食え」
 「ん、ちょっと思っただけだから。全部美味しいよ」
 「うん、僕も美味しいと思うよ兄さん。やっぱり兄さんは料理が旨いね」
 味噌汁を飲みながら拓馬が感想を漏らす。
 「何を言う。お前もそれなりに出来る口だろ?」
 「ん、そりゃそれなりに出来るけどさ。やっぱり兄さんには敵わないよ」
 笑いながら言い返す拓馬。
 「それを言うならお前だってなぁ…」
 朝食の場で料理談話を始める二人に対して、葵はあくまでマイペースに自分の前にあった料理を食べていた。











 「…暇だ。」
 「確かに暇だね」
 食事も終わり、食後のコーヒーを飲みながら二人とも本当に暇そうに言い合った。
 ちなみに、リビングには男二人しか残っていなかった。
 恐らく葵はご飯終了後、早々に部屋に戻って寝なおしたのだろう。その証拠にキッチンに来たときはまだパジャマだったからである。

 「…学校は何時からだっけ? 拓馬」
 「明日からだよ、兄さん」
 そう聞いて冬斗は微妙な表情を浮かべた。嬉しいのか悲しいのか良く分からない表情である。
 「確かに暇は無くなるけど、忙しくなるね」
 義理の兄である冬斗の表情を読み取りフォローのような言葉を言う。

 冬斗と拓馬に血のつながりは無い。いわゆる義兄弟という奴である。しかし双方とも全く気にしてないのでほぼ意味を成さないが。
 今では、普通の兄弟より仲が良い。冬斗が料理をする際偶に拓馬も手伝うくらいである。
 「ああ、俺はもう最高学年。お前は二年だしな。」
 「葵姉さんも、兄さんと同じ三年だしね」
 「うむ、そうだな」
 コーヒーを口に流しながら会話する兄弟。
 ちなみに冬斗と葵は同い年で幼馴染、さらには義理の妹だったりする。なかなか複雑なことではある。
 「ふああぁ…そうだな。なんだかんだでもう三年だ…早いもんだ」
 欠伸をしながらそう言った冬斗の目は何を見ているのか、少し虚ろな目をしていた

 「そういえば、楓と茜も今回高校入学じゃないか?」
 今思い出したように冬斗が隣の拓馬に尋ねる。
 「そういえばそうだね。いったいどこの高校に行くんだろう?」
 「聞いてないのか?」
 「全然、聞いてないね」
 拓馬は全くといったジャスチャーを加えながら応えた。
 「…まあ、大丈夫だろう。あの二人なら」
 冬斗が残ったコ−ヒーを飲み干しながら言う。そのまま立ち上がり台所に向かう。
 「そうだね。なんて言ったってあの静祈さんの子達だからね」
 拓馬はテーブルの上にマグカップを置きながら言う。その口調には多少苦笑交じりが合った。
 「それもそうだ。あの人に限ってありえない」
 「そうだよ、兄さん」
 冬斗はコーヒーを注いでまたソファーに戻ってきながら言う。その手にはクッキーの皿があった。
 「ほれ、クッキーあるぞ。何か無いと味気ないだろう?」
 「ああ、うん。もちろんもらうよ」
 拓馬はマグカップを置き、ソファーから立つ。
 prrrr……prrrr……

 突然電話が鳴り出す。冬斗はクッキーとコーヒーを拓馬に渡して受話器に向かう。
 早速拓馬はクッキーをつまんでいたが、冬斗は受話器を取る。
 「……はい、もしもし。蒼村です」
 『あ、冬斗くん? 私。』
 「…俺に私を言う知り合いは居ませんが?」
 …嘘だろう、そう言った冬斗の口元にはいや〜な笑みが張り付いていたからだ。
 恐らく相手をからかおうとしているのだろう。
 『冬斗君…? この静祈さんを怒らせたいの?』
 声は笑っているが口調は冷たい。さすがに怒ったようだ、冬斗は何時ものように逃げる事にしたようだ。
 後ろでは拓馬が呆れ顔で兄を見ていた。どうやら何時もの事らしい。
 「冗談です、で何のようですか静祈さん」
 『そうそう、用事を忘れるところだった。明日から楓と茜そっちの高校に通うから、面倒よろしくね』
 さすがの冬斗もこれには対応できず呆然としていた、それでも電話の相手は待ってくれない
 『いや、なんか二人ともそっちの高校に行きたいっていうもんだからね、まあ冬斗君たちが居るから良いかと思ってそっち受験させたんだけど……もしもし〜冬斗君きいてる〜?』
 どうやらまだ返ってきてなかったようだ。

 「……マジですか?」
 『マジです』
 ようやく違う世界から帰ってきた冬斗が返した問いはあっさりと肯定された。
 「でも、俺の一存だけでは無理ですよ。拓人さんと沙織さんの了解を取らないと…」
 『ああ、それは大丈夫。二人に電話かけたら即了承! 相変わらず決断が早いわ、あの二人』
 ここまで来て冬斗は諦めたのか、一回溜息をつくと
 「それで、何時楓と茜は着くんですか? あと荷物は何時ごろ届くんですか?」
 かなり呆れた顔で言っていたがまんざら嫌でもない様子だった。今は蒼村の従姉妹が来る事のほうが嬉しいのかもしれない。
 『迎えに行ってくれるの?』
 「俺が言わなくても行かせるつもりだったでしょう?」
 『まぁ、そうだけどね。大体一時半頃には着くわよ、荷物はそろそろじゃない?』
 冬斗は壁にかかっている時計を確認する。

 十時十三分
 楓と茜が到着するまではまだまだではあるが、荷物はそろそろ着くということを確認してから
 「分かりました、責任もって預かります」
 『ありがとうね冬斗くん。今度お礼するわ』
 もうその台詞は聞き飽きたとばかりに首を振りながら
 「はいはい、期待せずに待っておきますよ。では失礼します」
 突然の来訪者の事を告げた電話を置いた。


 「……はぁ」
 さすがの冬斗でも疲れたのか、溜息ばかりついている
 「兄さん、誰から? どうせ静祈さんからでしょう?」
 と拓馬はクッキーを手に取りながら聞いてきた。その目には少し怪しい色が出ていたが冬斗は気づいていないようだ
 「そうだ、それと楓と茜がこっちに来る」
 「やっぱり。嬉しいんじゃない、兄さん。顔が少し綻んでいるよ」
 「まぁそうだが…、やっぱりと言っているところからすると電話、聞いていたな?」
 「まあね。というより正しくは「聞こえてきた」だけどね」
 拓馬は胸をそらしながら言っている。この兄弟に無くてもよいところまで似てしまったようだ。変なところが似ている兄弟である。
 「兎に角そろそろ荷物が届く頃だ。つっと…俺は部屋を確認しておくからお前は荷物の確認をしてくれ」
 「わかった」
 ここで、玄関のチャイムが鳴る。
 「うむいいタイミングで来た――じゃあ拓馬ここは頼んだぞ」
 「はいはい、頼まれたよ」
 手をひらひらさせながら答える拓馬。
 その返事を聞きながら、冬斗は欠伸をしながら階段を上がっていく。




 「ん、冬。どうしたの?」
 冬斗が二階に上がるとちょうど服を着替えた葵に出くわした。
 「ああ、葵。楓と茜が今日からここに暮らすからな。荷物運搬手伝え」
 「へぇかえちゃん達ここに来るんだぁ〜……でも、それはちょっと無理だね」
 ここで貴重な戦力をなくしてはたまらないと冬斗は普段より粘る。
 「何でだ? 今日は吹奏楽も無いだろうし暇だろう?」
 「確かに部活は無いんだけど、友達と遊ぼうかと思っていたんだよ〜」
 「誰と?」
 「秋本知恵ちゃん。冬も知っているでしょ? あの事遊ぶ予定だったのよ」
 冬斗は少し悩んでいるのだろうか、「戦力ダウンが」どうとか、「でも…いや…」などと、ぶつぶつ言っていたが…
 「仕方が無い…まあ楽しんで来い」
 結局、あきらめたようだ。葵の友人まで巻き込んで荷物の運搬をさせるのはさすがの彼でもやらないようだ。
 「うん、ありがとね。じゃ」
 「まぁ、少し待て」
 葵を呼び止めてから一言。
 「帰ってきてから楓たちの部屋の片付けぐらい手伝ってやれ」
 「元々そのつもり。それじゃあ行ってくるねっ、冬」
 「行ってらっしゃい」
 階段の上から葵を見る冬斗。姿が見えなくなってからすぐに今は空いている二部屋を見て回り始めた






 部屋の点検を終え階下に戻ってきた冬斗、その前には少々頭をうなだれた拓馬。
 正直な話、今二人は結構困っていた
 「……結構量、あるな」
 「……そうだね」
 予想以上の量に二人のやる気は急激な勢いで下降直線を描く。
 「……つーかこの玄関、結構広いよな? 何で人一人がギリギリ通れる位しか間が空いてないんだ?」
 「……そうだね」
 今二人は想像以上のダンボールの前に気力は既に萎え萎え。それもそうだろう優に天井まで届きそうな量の段ボール箱がこれでもかっ! てな位の量のダンボールが二人の前にうず高く詰まれていたら。
 「……で、これどうするよ?」
 「……そうだね」
 「……お前、さっきからそうだねとしか言ってないか?」
 「……そうだね、でもさすがにこれはねぇ…」
 「……はぁ」
 二人そろって溜息を吐きながらダンボールに近づいていく。そこで冬斗は何かに気になることがあったようだ。ポテポテ歩いていた足を止め何か考え始める。
 「どうしたの? 兄さん」
 「いや、こんなにダンボールがあったらどっちが楓のでどっちが茜のかが分からないと思ってな」
 そう言っている間に拓馬は、一番手近にあったダンボールを調べ始める。
 「大丈夫だよ。一番上にどっちのかが書いてある」
 そう言われて冬斗がダンボールの一番上を見ると確かに名前が書いてあった。
 というより普通は書いてあるものだが――どうやら彼はその事を失念していたようだ。
 「ぐはっ…結局やる羽目になるのか」
 冬斗は、時候直前でつかまった犯人のようにがくりと肩を落としている。
 「大丈夫だよ兄さん。僕も同じ気持ちだから…」
 そう言いながら拓馬は何かを哀れむような目をしながらぽんぽんと冬斗の肩をたたいている。かなり演技派な兄弟である――少々冬斗は大袈裟ではあるが。
 「…とにかくやるか」
 「そうだね」
 いそいそと立ち上がりダンボールを運び出す二人。
 「俺は楓のをやるから、拓馬は茜のをやってくれ。部屋はお前の隣の部屋だからな」
 「分かった。じゃあ持っていくよ」
 ダンボールを二つ積みいそいそと階段を上がり始める。それに続いて冬斗もダンボールを両手に持って上がり始めた。


 その後、「うわっ! ダンボールが崩れた!」
 「まだ半分も終わってないよ…」
 「んぁ? テレビって梱包すんのか!? 異様に重いと思ったぜ…」
 などと愚痴る声も聞こえてきたが、とりあえずダンボールは――順調とはいかないが運んでいるようだった。






 「ふぅ、終わったな」
 「綺麗になったね。やっぱり玄関はこうでないと」
 二人は荷物の入ったダンボールを気合で各部屋に運んだ後玄関を見ていた。
 荷物が運ばれた後の玄関はすっきりしていた。その姿を見て冬斗と拓馬は感動していた。
 「ここに、アレだけのダンボールがあったなんて思わないな」
 「確かに、今は思えないね。これだけすっきりしていると」
 ダンボールを運び始め二時間半。それだけかかって二人は運び終えた。途中冬斗が荷物を落としてダンボールの山を崩した以外、事件も無く終わった。
 「で、今何時だ?」
 「少し待って…今は一時だね」
 リビングに入って時間を確認する拓馬。その時間を聞いて硬直する冬斗。
 「…やばい」
 「何がやばいの兄さん。ついでに言うと身体が固まっているよ?」
 兄の口から漏れた言葉に反応し律儀に突っ込む弟。既に役割は構築されているようだ。
 「楓たちを迎えにいかないといけない」
 「そういえばそうだったね。何時に着くの?」
 「一時半だったな。駅まで結構あるからそろそろ出ないと間に合わないな」
 少し焦った様な声を出す冬斗。
 「僕も行こうか?」
 「来ても良いが、行くのなら準備しろよ」
 「大丈夫。このままいくよ」
 自分の服を指差しながら言う拓馬。確かにそのまま外に出てもおかしくは無い格好である。
 「じゃあ、出かける準備すっか」
 「兄さんは鍵を持ってきてよ。その間に僕は1階の電気やらを消すから」
 そういいながらリビングに入っていく拓馬。既に彼の中では決定事項らしい。
 (じゃあ鍵とりにいっか)
 またポテポテと自分の部屋を目指し階段あがっていった。