自分の部屋に戻り、冬斗は机の上にあった鍵を傍にあった鞄に突っ込む。
その後、服の上に長袖を羽織ってから、眼鏡を鞄に入れる。
(後は、財布くらいは持っていったほうが良いかな…何があるか分からないし)
冬斗はいそいそと部屋の中を動き財布を見つける。それは制服のズボンの中にあった。
その中には千円札が三枚と結構心もとないものだった。
(――少ない。もうちょい持っていこうか)
さらにいそいそと動き回り貯金箱から一万円を一枚取り出し、財布の中にしまう。
まるで、デートに行くような思考である。本人は全くそんな気はないのではあるが。
「よし、準備完了。行くか」
誰に聞かせるわけでもなく、独り言を言い部屋を出た。結構独り言が多い。
「う〜ん。兄さん遅いね…。そんなに手間どんなくてもいいのにねぇ…」
冬斗がいそいそ準備している間、拓馬は下でテレビを見ていた。とっとと自分の作業を終えのんびりとバラエティー鑑賞。
お気楽に見ている彼はちゃっかり楽なほうを選んでいた。抜けめない弟である。
“空の中に歌う譚詩曲 #2”
パタパタと階段を下りてくる音がリビングに軽く響く。その音を聞いた拓馬はテレビを消し廊下に出る。
服装は先ほどと変わらない。それだけでは寒そうではあるが彼は大丈夫なようだ。
「拓馬、一階は見てきたか?」
と、兄。その歯は心なしか光っているように見える。
「ばっちりだよ兄さん。鍵は閉めてきたしガスもかっちり確認してきたよ」
親指をびっ! と立てながら爽やかに言う拓馬。相変わらず細かい芸に気を使う兄弟の図があった。
「よし、じゃあ行くか。そろそろ出ないと本気で間に合わん」
「そうだね、どこかのゲームみたいに二時間も人を待たせたくはないし」
「本当に二時間も待たせてみろよ……静祈さんに何をされるか……」
とたん二人の顔が青くなる。二人とも共通で恐ろしい事を想像したようだ。冬斗に至っては膝が震え始める。
――どうやら体験済みらしい。可哀そうなくらい顔が青くなる。既に冬斗は青を通り越して白い。
「……こんな事になる前に早く行くぞ。俺はまだこんな年で墓の中に逝きたくはない」
「同感。早く行こう兄さん」
未だ青い顔のまま――片方は白いが、素早い動作で靴をはく二人。
どうやら本気で静祈さんのお仕置きが怖いらしい。二人ともダッシュで駅まで走っていった。
現在一時十分。走ればギリギリ間に合う時間である。
二人は必死な表情で駅に向かって駆けていく。まるで誰かに追われているようだったと兄弟を知るものは後々言ったそうだ。
「はぁ…はぁ…拓馬。今…何分だ…?」
「タ、タイムリミット三分前だね。何とか…間に合った…みたいだよ」
駅のロータリー前で激しく息を吐く二人組み。
二人とも街中を激走し、何とかタイムリミットである一時三十分には間に合った。
しかしその反動はでかいらしく、未だに二人とも荒い息を吐いている。
「…よし、これで静祈さんのお仕置きは喰らわずに済む。――助かった。」
冬斗は空を仰ぎながらそう呟く。こんなところでも彼は芸は忘れない。お約束のようにその目じりには涙。
ここまで冬斗を恐れさせるお仕置きをした事がある静祈さんがどうやら彼の中では最強ランクらしい。
「で、楓と茜はどこ? もう半になったからそろそろ出てくるんじゃない?」
「ふむ、駅の構内に行こう。其処のほうが見つけやすいだろ?」
既に息を整えていた二人はとてとてと駅の構内に向かって歩き出した。
「ねぇ…――。 雪菜市ってここだよね?」
「うん、そうだよ。それがどうかした?」
電車の一角でのほほんとした空気を作っている二人。
一人は長い髪を後ろでくくっており大人しそうな雰囲気。
もう一人はショートカットにしており活動的な雰囲気の二人。
非常に良く似ている二人である。髪型は違うが顔のつくりなどがそっくりである
――その二人がなにやら慌て始める。徐々に声が大きくなり始める。
「確か冬斗がいたところって、ここだよね?」
「うん、確かここだよ。という事は……?」
二人とも今しがた気がついたように顔を青くしながら、慌てて荷物を持ち立ち上がる。
「じゃあ早く降りないと! 乗り過ごしたら洒落にならないよっ!」
「気がつくのが二人とも遅かったね……乗り過ごしたらそれはそれで面白そうだけどねっ」
狭い列車の中を走る二人。一人は酷く急いでいるが、もう片方がなぜか結構余裕の表情であった。
――ドアが閉まります。ご注意してください…
お決まりの列車の発車アナウンスが流れ、ドアが閉まりそうなギリギリのタイミングでホームに駆け出る二人。
二人とも鞄を手に持ち軽く息が上がっていた
「何とか出れたね、――」
「うん、じゃ行こうか。それで、冬斗君の家ってお母さんから場所聞いてる?」
「うんにゃ。お母さんからは何とかなるって言われたよ」
「う〜ん。とにかくホームから出ようよ。それから考えよ?」
近くのベンチに置いた鞄を取り駅の出口に向かう二人。
その手には今しがた買った缶コーヒが一本握られていた。
「さて、ロビーに来たのは良いが……居ないな。」
冬斗は周りを見ながらそう呟く。
「そうみたいだね…って、あれじゃない?」
拓馬が指さした所には鞄を持ってこちらに向かってくる女性二人組み。片方は長い髪、そうしてもう片方は短い髪の二人組みだった。
「ちょっと待て……ああたぶんそうだな。顔がそっくりだ」
鞄から眼鏡を取り出し、虫眼鏡のようにしながら確認する冬斗。
「で、どうする? 普通に行くか?」
冬斗が言ったこの言葉。もちろんこの意味は
「普通に迎えるか、ネタに走って迎えるか?」
二人にとっては死活問題に匹敵する。
もちろん他人にはどーでも良いような事ではあるが…拓馬は真剣に悩みだした。
「なんといっても普通に行ったら芸が無いしね……かと言ってネタに走ると後々が怖いし」
この怖いは明らかに静祈さんのお仕置きだろう。間違いなく。
「仕方が無い……普通のお出迎えをするとしようか」
至極残念といった表情で顔を落とす冬斗。
どうやら、彼は静祈さんには勝てないようだ。
二人は歩き始める、再会に向かって。
最初二人は自分達のほうに向かって歩いてくる二人組みに気がつかなかった。
しかし徐々にその二人組みが自分達に近づいてくると、さすがに気がついたようだ。
「ねぇねぇ、あれって冬斗じゃない? 大分背やら髪やらがが伸びてるけど……するとあの隣にいるのは」
先に気がついた双子の片割れがその二人のほうを見ながら、意外な表情で言う。
「拓馬君だね〜、大分背が伸びたみたい。冬斗君は昔から殆ど変わらないね」
もう一人は顔を綻ばせながら言う。
そうして、二人組みは近づいてきて……
「「久しぶり。楓、茜」」
屈託のない笑顔で、久しぶりの挨拶を交わす。
「「うん、久しぶり。冬斗、拓馬」」
再会した喜びで顔を綻ばせ、答える二人。
ここに、三年ぶりに顔を合わした四人が再会の喜びを分かち合った。
「うむ、ようやっと家に帰ってきたわけだが…」
「兄さん、口調が年寄りになっているよ。まだ若いんだから、まだね」
後半に言葉の棘を感じつつ玄関を開ける冬斗。
そして家に入るなり
「ようこそ。俺の家に」
振り向きながら、イギリス紳士がするような礼を双子達に向けいけしゃあしゃあという冬斗。
「はい、お邪魔します」
「ありがと冬斗。お邪魔するね」
「いいや違うよ、二人とも」
靴を脱ぎながら、双子の言葉を否定する拓馬。
「ただいま……で、いいんだよ。もうここの住人になったんだからね」
先ほどの二人の言葉を否定する拓馬。表情は笑顔で、二人がこの家の住人になったことに喜びを覚えるような。
「……うん、ただいま」
「……あはは、ただいま」
少し恥ずかしそうにそれでも嬉しそうにはっきりと言葉にする二人。
「うん、お帰り」
拓馬はそれを暖かく受け止めた、そうして三人はリビングに入っていった。
「………おーい。俺は無視かぁ?」
一人さびしそうな冬斗だった。
「はい、できたぞ」
何時の間に復活したのか、リビングにはコーヒーを作っている冬斗の姿。
「拓馬は少し待て、それは楓たちにやれよ?」
既にマグカップに手を伸ばしかけていた拓馬は苦笑交じりに元の席に戻る。それを確認した冬斗はまた台所に戻る。
「安心して、兄さんが入れるコーヒーは美味しいから」
「おい、いったい何を心配する必要があるんだ……」
台所から恨めしそうな呟きが聞こえたのを拓馬は舌をちょろっと出してごまかして
「ま、とにかく飲んでみて」
「はい、頂きます」
「うん、もらうよ」
それぞれ、コーヒーに口をつける。
「とりあえず、お前達の荷物は俺達が手分けして部屋に運んでおいたからな」
自分のと拓馬のマグカップを机に置き、拓馬にマグカップを渡しながら唇を振るわせる冬斗。
「えっと…それじゃあ私達は部屋の片づけをするだけでいいの?」
「まぁ、そうだな。見た所結構、量があったからな。手伝うよ」
コーヒーを啜りながら冬斗は答える。
「じゃあ、コーヒー飲んでからやろっか。楓は冬斗に手伝ってもらって、あたしは拓馬に手伝ってもらおっと」
「俺は良いけどな、拓馬は?」
「僕もかまわないよ」
半分くらい残っていたコーヒーを全部飲み干しながら肯定する拓馬。
「よし、じゃあやるか!」
周りの皆が呑み終えたのを見て冬斗は席を立った。
「では…はじめるか楓」
「うん、冬斗君お願いね」
正直ダンボールの量にげんなりしていたが、おくびにも出さず黙々と重いものを運び片付け始める。
さすがに「洋服類」と書かれたダンボールには手をつけなかったようである。
「よし、茜。はじめようか」
「よぅし! 頑張ろうね拓馬」
こちらも片付け始める。こちらもこちらで量は多かったがそんなに重たいものはなかったのでその分楽なようである。
「茜、これはどうすればいい?」
「ん? ――っっ!! これはいいよっ! 他のをやって!」
どうやら、彼はお決まりのことをやってくれたようである。洋服類と書かれたダンボールをとられ、すごすごと近くにあった段ボールを開け方付けをはじめた。
その背中からは、達成感と共に悲しみも感じられたとは言っておこう。……彼のために。
「うむ…前の部屋とは大違いだな」
「普通そうだよ、荷物が入ったんだから」
楓が苦笑する。
あれから冬斗達はは手当たりしだい段ボールを開け、そして片付けていった。
もちろん、多少問題はあったものの日没前には何とか終えることが出来たようである。
「ようし、今日は蕎麦でも取るか」
「えー、私は冬斗君の料理が食べたいなぁ……」
頬を膨らまし抵抗する楓。
見様によっては萌える方もいるかもしれないが、現在の疲れている冬斗には通用しないようである。
楓の攻撃を綺麗に流して
「今度から、ここに住むんだから嫌ってほど食べれるしな? 何よりここに引っ越してきたんだから引越し蕎麦を食べないと」
これは、半分本心であり半分嘘である。
確かに、これからずっと食べるのであるから今日は別に蕎麦でもいいのだが、単に冬斗が疲れたからというのも理由の一つである。
この少年は幸か不幸か他人に流されないのであった。
食後、リビングで全員だらだらとTVをみている。
あれから、蕎麦を取り、配達の人と共に家に帰ってきた葵に文句を言ったり、
その性で、明日からの選択当番は葵になったり。
といった事があり、今は平凡にだらだらと皆でTVを見ている。
ちなみに現在十一時、冬斗以外は風呂に入り済みである。
「よし……風呂に入るか」
さっきまで見ていた番組も終わり、冬斗は欠伸半分に立ち上がる。
「よし、楓。行くぞ」
「ほぇ…うん」
「兄さん、朝まで居ないようにね」
拓馬がいや〜な笑みを浮かべながら手を振っていた。
「ふぅ……まさか楓があそこまで寝ぼけているとは」
風呂から上がり、冬斗は自室に帰った。
あれから、本当に風呂に行こうとする楓をまず部屋に連れて行き布団に寝かせ風呂に入った。
今度から、あんなネタはしないほうがいいな…、と本気で考え始めるのだった。
そうして布団にもぐり込みながら新しく色々な事を考える。
今日来た双子の姉妹、学校の事、自分のこと。
「……まぁ、何とかなるだろう」
冬斗は瞳を閉じながら、そう呟いた。
さぁ、明日は学校だ……また騒がしい日々が始まる。