「日常の崩壊って、唐突に始まるものじゃないかな? そしてゆっくりとまるで体の内側から外に染み出るようにゆっくりと気がつかないうちに進行するものだと思う」
ある友人がそう言っていた事を僕は思い出した。
そいつは心を、病んでいた。
いや、病んでいるというのは違う。周りが勝手にそう、思い込んで言っているだけだ。
僕とそいつは中学からの付き合い。今もそいつとは同じ学校同じ時間を過ごしている。
普通の人とは異なる考えをするところ、そこが回りに避けられていた。
「異常な考え方をする奴だ、きっとあいつは頭がおかしい」
僕の周りには、奴に対しての陰口が常に飛び回っていた。
さらにその事をずけずけと言うからそれに拍車をかけていた。
それでも、僕は彼にこう問いかけないといけない、そう思ったんだ。
「いつも暮らしている日々、それはいつか壊れてしまうのか?」と。
どうして、今頃思い出したのだろう?
“空の中に歌う譚詩曲 #4”
「どうして、また、俺だけが、違う、クラスなんだよ!!」
講堂で新学期にはお決まりの全校集会という名の時間つぶしが行われた後、各教室にそれぞれ分かれた。
冬斗、葵、浩樹、慎一の四人も例外ではなくそれぞれの教室に向かった。
この雪華高校では三年次で四つのクラスに分かれる。簡単に二つに分けると文系・理系となる。
理系を選択する生徒は少なく、一つしかクラスが無いので自動的に持ち上げとなる、つまりは二年間同じ顔を突き合わせて授業を受ける。
それに対して文系を選択する生徒が多く三クラス分の生徒が希望している、そうなると進学時にはクラスを変える制度となっている。
「まぁまぁ、それもまた運命だったと言うことだ」
二年次には、先ほどの四人のうち浩樹だけが違うクラスとなっていた。
そうは言っても元々人数が少ないため体育などは合同で行っていたが。
「まただぜ!? 又俺だけ違うクラスだぜ!? がってむ!!」
「そう言っても今回は横じゃないか、前は端と端だった事を考えればちょっとは前進があった、今度から体育は同じクラスだ。良かったな浩樹」
つまりまたしても浩樹だけがあぶれた、ということだったり。
「それにしても、西倉君だけまた違うクラスなんて、凄いというか運が悪いというか…」
あはは、と微妙に笑顔が歪んでいる葵が少しはなれたところの机に腰掛ける。
その言葉を聞いて浩樹が又崩れ落ちる。
拓馬と別れたあと、クラスの中でそれぞれが三年のクラスを確認した。
冬斗、葵、慎一は同じ三年C組に名前があったが、何度探しても浩樹の名前が同じ枠内に無かった。
嫌な予感を感じた慎一が冬斗と話しているときにそれは起きた。
「なぁ、冬斗。これはまたやってくれたのか? 浩樹は」
「……どうやら、そうっぽいな」
半笑いの表情で冬斗が答えたとき
「そんなばかなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
正に学校中に響き渡るような大声で誰かの悲鳴のような叫びが学校を駆け巡った。
「こういうときは、余りあいつと友達と思われたくないよな」
「まぁ、そうだね……」
二人とも、この後に来る騒動に対して深く溜息を付いた。
閑話休題
浩樹が崩れ落ちて少し経ち、ちらほらと帰る生徒が出始めた頃。
「まぁ、今日はこれでお終いだ、確か上級生は入学式に出なくてもいいんだし。そういうわけでどっかにご飯でも食べに行かないか? 暇だろ、皆」
机の上の鞄を取りながら慎一が提案する。
「そうだな、じゃあ俺は鞄を取りに行ってくっから!! 俺を置いていくなよ」
途端、崩れ落ちていた浩樹は跳ね起きフェードアウトしていった。
どたどたと激しく音を立てて廊下を疾走していく音が徐々に小さくなっていった。
「相変わらず凄まじいくらいの変わり身の速さというか、気の切り替えが上手いというか……」
「それはあれだな、あいつの一番の特技だ。あ、葵」
机に寄りかかって談笑をしていた冬斗が、同じく女生徒と談笑をしていた葵に話しかける。
「俺達は今から飯を食べに行くけれど、どうする?」
とてとてと、軽やかな足音を立てて葵が冬斗の傍に来る。
「ごめんねふーくん。聞こえなかったよ」
「ちょっとまて、なんだそのふーくんは……」
にぱっ、と表現するのがふさわしい笑顔を顔に浮かべて葵が続ける。
「もちろん冬斗の愛称だよ。何が一番いいか知恵ちゃんとはなしていたの」
葵の後ろから、長いストレートの髪を揺らしながら一人の女生徒が顔を出した。
「うん、ばっちり。どう川上君? 気に入ってくれたかな?」
にやにやしながら言った生徒が指をぴんと立てる。
「大変だったんだから、ふーくんの愛称を決めるのは。なんと言うかですね、こう目立つ特技が料理ということなので家庭的にかわいらしくいってみよー、とのコンセプトの元考えたのですよ」
既にふーくんを使用している。
「秋本、他に何か無いのか? ふーくんはちょっとなぁ……」
「そうね、他にはかーくん、ふゆふゆ、とか出たけれどあまり面白くないじゃない」
このまま続けると限りなく変な愛称を付けられると思ったのか、冬斗はあきらめ半分疲れ半分で
「もう、ふーくんでいい……」
「あはは、まぁそのうち慣れますよ。気にしない気にしない」
ぽんぽんと冬斗の肩を叩く知恵。
「ところで、ふーくんなにか用?」
「……ああ、慎一と浩樹と飯を食いに行こうという話になってな。お前達も行かないか?」
「うん、別にいいけど。あ、知恵ちゃんも行く?」
「それじゃ私も付いていこうっと、いいですか? ふーくん」
ぴん、と指を立てて答えを待つ知恵。彼女は人に質問をしたり、ものを教えるときは人差し指を立てる癖があるらしい、そんなことを思い出しながら冬斗は首を縦に振った。
「うし、じゃあ行こうか」
「賛成!! どこに食べに行きます? 私的にはついこの間、駅前に出来たところに行ってみたいのですよ」
「いいね、じゃあそこにしてみようか。さて浩樹は……お、来た来た」
「遅くなったな! じゃあ行こうか」
「あら、また違うクラスになった西倉君じゃないですか」
「それを言うなぁ!!」
「あーあ、またぶり返したぞ。こりゃ」
「まぁまぁ浩樹落ち着いて……」
「お、ありゃ拓馬じゃないか」
「本当だね。あ、拓馬も連れて行ったらどうかな?」
「そうだな、おーい拓馬。飯食いに行かないか?」
「あ、兄さん。付いていってもいいの? 皆さんこんにちわ」
「構わんだろ。人数いたほうが面白いしな」
にぎやかな一団が去ったあとは穏やかな空気が流れ始めた。