Revival Times #6
四月が過ぎ、五月に入った。
相沢祐一が永秋市に帰ってきてから一週間がたった。
もう少しで大型長期休み、別名ゴールデンウィークが始まるそんな時期。
「何時もどうりの、日常が一番、幸せだと思わないか? 浩平」
学校の昼休み、周りの男が空腹に耐え切れず一斉に餓鬼になる時、彼は唐突に切り出した。
この話の内容がはっきりと分かるのは、恐らくこの二人だけだろう。
一人は、この世から一時期消えて。
もう一人は、起きるはずのない奇跡を体験。
その経験からの話だった。
「まぁな、それはそうだ」
浩平は窓の外を見ながら、自分のコロッケパンを一口ほうばる。
「皆はその変化の無さに飽きて、変化を求め始める。その変化が気に食わないとまた変化を求める」
ここで一息切る。
「その繰り返し、そうしてその中にある自分の安定した生活を送るためにあるものが、自分が望まない変化を望むと、それを力ずくで押さえようとする」
下を向いて弁当を食べている祐一の表情は浩平からは見えない。
しかし、お互い長年の付き合いでもあり、共にありえない経験をした同士ともあれば、お互い何を思っているかは分かる。
「そりゃそうさ、人は自分の生活が崩れるのは嫌なんだ。人は誰だって幸せに生きたいからな」
「そこさ、俺が言いたいのは」
祐一が顔を上げる。
「自分が幸せに生きたいからといって、幸せを感じていたいからといって他人を縛り付けるのは間違いだし、ましてや力で言うことを聞かせるのは馬鹿なことだ」
そこまで言って自嘲気味に笑う。
「そんな風にされてまで、付き合っている人間は馬鹿だよな」
「まあ、いいんじゃないか。経験を積んだ、そう思えば」
投げやりな風で、祐一が一番望んでいた言葉が告げられる。
祐一は誰かに自分の考えを聞いて欲しかった、そしてこの言葉が欲しかった。
自分の今までをこんな風に言える相手と、答えを返してくれる人間が。
「ま、そうだな。まったく昼休みだって言うのに何でこんな話をしないといけないんだ」
「そりゃ祐一、お前が言い出したんだろ」
「いいや、あれは俺じゃない。俺の体を借りて何処かで悩んでいる少年が話したんだ」
「──三点だな」
頭を振って、浩平が会話を止める。
「何点満点でだよ」
「三十二点満点中だな」
「えらく中途半端だな、それ」
そこまで言うと、祐一は手元に置いてあるお茶を一口、二口飲む。
頬を切る風が心地よい、思わずここが草原であろうかと思うぐらいの風が吹いていた。
「……て、何でこんなに風が強いんだよ」
不審に思った祐一が席を立ち、窓から顔を出す。
外を見るとグラウンドの砂が空を舞い、視界を茶色く染めていた。
「おい、浩平──」
祐一が後ろを振り返った瞬間
「おい祐一、前を見ろ!」
「はぁ? って砂がこっちにぃ!」
突如、風向きを変え砂が無茶苦茶な勢いで校舎のほうに飛んできていた。
慌てて祐一が、窓ガラスに手をかける。
そして間一髪のタイミングで、窓を思いっきり閉める!
そしてその時はやってきた。
バチバチバチと激しい音を立てて砂が窓ガラスを叩く。
それは十秒ほどであったが、サハラ砂漠とかで起きる砂嵐かと祐一が思うほど激しかった。
無論、祐一はサハラ砂漠に行ったことはないし、本で読んだくらいの知識しか砂嵐の事を知らない。
本場の砂嵐はこんなものではない。
時として、凄まじい被害を及ぼすものである。
閑話休題
「ふぅ、危なかった。さすがに飯に砂が入ったら食えたもんじゃないしな」
簡易砂嵐が過ぎるまで外をずっと見ていた祐一が席に戻る。
「おお、祐一良かったな。ミイラみたいに体中が砂だらけにならなくて」
席に座って、未だにパンを齧っていた浩平が迎える。
「うむ、マジでそんなことになると洒落にならないしな。未だ学校は昼の授業もあるし」
「そんなお前にこの浩平様がいいことを教えてやろう」
急に立ち上がり、机の上に仁王立ちする。
周りは浩平の奇行に慣れているため、全く反応しない。
「今日の五時間目は体育だ」
「そうだな、それがどうした」
質問の意味が分からない祐一が、小首をかしげる。
「そして、今日は2500メートル走の記録をとるんだ」
「それは前の授業で聞いたぞ」
「と言う事は、昼休み飯を食いすぎると走っている途中で腹を壊すわけだ」
「ああ、それはある意味負け組みだよな」
ここで、浩平が力いっぱい頷く。
「ああ、そういうわけで祐一が負け組みにならないよう、俺がお前の弁当を食ってやったっ!」
「そうか……ってお前ふざけるなよ!」
そこで慌てて蓋がしてある弁当箱を開ける。
そこには──
「おい! 梅干しか残ってないじゃないか! しかも半分食ってあるぞこれ!」
「お前の弁当ちょっと油物が多かったぞ。それと梅干は身体にいいんだ、ぶつぶつ言わずに食え」
人の弁当を食べておいて酷い言い様である。
「ちっ……仕方が無い購買で何か買ってくるか」
弁当箱の中に残された梅干(半分食いかけ)を口の中に放り込み祐一は腰を上げる。
「それは無理だ祐一」
「どうしてだよ」
梅干の種を噛み砕きながら後ろを振り向くと、浩平が既に体操服に着替えていた。
「どうしてかって? 時間見ろよ。もう着替えてグラウンドに出ないと間に合わん」
「……あ」
「だろ? まあ大丈夫! これで祐一は計測は負け組みにはならんぞ!」
その分タイムでの負け組みになりそうだ、との言葉をぐっと堪えて祐一はいそいそと体操服に着替える。
これ以上のエネルギー消費は、今日の祐一にとって死活問題となってしまったのである。
「さて、いくぞ!」
妙にハイテンションの浩平に引きずられ、祐一は体育に立ち向かった。
その背中は、軽く煤けていた。
「どうしたんですか、相沢君?」
「斉藤……なんか食べ物くれ……」
六時間目、祐一は死に掛けていた。
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