BK幕間 『フジの花サキ、そのハルカ遠くへ』

第6話




「これで良かったのですか?」


勝負が決した後、遙は秋子達の方に歩み寄りそう言った。


「オーケーオーケー、芝居の具合もかなり良かったわよ?」


祐李が嬉しそうに笑った。


「……全く持って不本意なのですが。医者である私がどうして……ふぅ」


遙はため息をつき、そしてあやめの方をむく。


「……これで本当に良かったのですか?」


と、今度は先程とは違う意味合いで訊ねる。


「ここから先はあやめさんの問題ですから」


秋子が少し目を伏せがちにそういう。


「団体戦で結果を残すためにはどうしてもあやめさんの力が必要なので……」


そうは言うが、さすがに荒療治過ぎたと秋子が反省するようにしてあやめの方を見る。


ただ、その目線の先にいる当の本人に既に意識などありはしないのだが。


















倒れたあやめの所に祐一と佐祐理は真っ先に駆けつけた。


あやめの体を起こすと、あやめは咽て血を吐いた。


「……これは酷いな」


外傷もさることながら内面に受けた傷も深い。


とは言え、今の二人には精々止血処置を施すことしか出来ない。


他でもない医者が直ぐそこにいるのだが、あやめの気持ちを汲むとそれをすべきでないのは二人とも同意見だった。


「いくらなんでも、これは…………」


「ええ、やりすぎだと思います」


それはあやめの傷だけの話ではない。


勝負の結果、あやめのプライド、そして試合の内容ですら完全敗北、そう呼ぶとしか言えない。


あやめに応急処置を施し、腕を怪我している祐一に代わり佐祐理があやめを抱きかかえた。


そして二人は明らかに不機嫌な様子を見せながら遙達の方へ向かった。


「おい、どういうつもりだ? いくらなんでもやりすぎだろっ!!」


祐一は相当頭にきているのか、珍しく大きな声で怒鳴った。


「そんなこと私に言われましても……。私はこの方たちに言われ、仕方なくやっただけです」


そう言って秋子、祐李、戒のほうを見る。


祐一はもう一度遙を睨みつけた後、今度は標的を大人たちに変えた。


「………………」


無言のプレッシャー。


「……あの、祐一さん」


そして声を掛けようとした秋子に対し、祐李がそれを止めた。


「何か、文句があるわけ?」


「大有りだっ! ……ワケわかんねぇよ、アンタ何がしたいんだよっ!」


「別に? あやめちゃんにとってこの勝負が必要だと思ったからやらせただけよ」


「また、それかよ……。それでも幾らなんでももっとやり方ってのを考えろよっ!」


祐一の声は止まらない。


「これじゃあ、あやめが…………」


そして祐一はその先の言葉を噤んだ。


「……いいよ、祐一」


「――――っ!?」


祐一が振り返るとあやめが意識を取り戻したらしく、弱々しく声を出した。


「……あたしの、完敗だから」


顔を伏せて見えないようにしているが、泣いているのだろう、声が震えている。


(まさか、もう意識が戻るなんて…………)


そんな中、一人そんなことを考えていたのは遙だった。


「……祐一、腕治してきなさいよ……んで、今度こそ……」


声を出すのも辛いのか、途切れ途切れに声を発す。


「今度こそ……シングルスで勝負するんだから、ね?」


「…………ああ」


それを聞くと安心したのか、あやめは再び気を失った。


祐一はもう一度祐李のほうを向き、激しくにらみつけた。


(…………いつかあいつも殺してやる)


























祐一の腕のことを考えると出発は早い方がいいということになり、その勝負の後すぐに準備に取り掛かった。


その間、一応の処置を遙はあやめに施していた。


もちろん、祐一も佐祐理も気に入らなかったがそれに対しては何も言わなかった。


そしてあやめが目覚める前に、祐一の出発の準備は整った。


「秋子さん今更って気がするんですが、俺って学校の方はどうなるんです?」


傷の治療にどれくらいかかるのか分からないのと、他国までの移動距離を考えると日数はそれなりにかかるだろう。


「さすがに欠席扱いになりますが……大丈夫ですよ。祐一さんの場合シングルスで2位になってますからそれだけで進級できます」


本当は言ってはいけないのですが、と秋子は付け足した。


「そうですか、まぁ……進級出来るなら問題ないか」


そして祐一と遙は天王寺家の門を出た。


見送りにあやめがいないのは少し心残りだと思う祐一だが、逆に会うべきでもないと思う祐一もいた。


「それじゃあ、行って来るよ」


「あ、祐一さんちょっと待って下さい」


そう言って祐一を止めたのは秋子だった。


「……これを」


「何ですか、これ?」


祐一に手渡されたのは白い封筒だった。


「祐一さんに向こうでやってもらいたいことがあるので、それをメモしたものが入っています」


「分かりました」


「それと祐一、聖によろしく言っておいて」


「…………ああ」


「相沢さん、そろそろいいでしょうか?」


「ああ、行こう」


そして祐一が足を進める前に最後に佐祐理に声を掛けた。


「佐祐理さん、俺は団体戦に出られないけどさ頑張って。応援ぐらいには行けると思うし」


「はい、分かりました。皆さんと力を合わせて勝ってみせます」


佐祐理はそう言って美しい微笑を見せた。


それを見て祐一も安心したのか、そこから振り返ることはしなかった。


「相沢さん、少しでも急ぎますので」


そう言って遙は駆け出した。


「分かった」


祐一もそれに遅れないように走り出した。


二人の背中はあっという間に見えなくなり、その場には静寂が残った。


「なぁ、これも今更な気がするんだが……」


駆け出した後、祐一が遙に尋ねた。


「なんでしょうか?」


「今って国境越えれたっけ?」


「この時勢に一般人が国境を渡れると思っているのですか?」


「ってことはまさか……」


「当然、密入国です」


「うおぉーーい! マジかよっ!?」


二人の旅もまた前途多難だった。




















〜エピローグ〜

あやめが目を覚ましたのは祐一が出発してから丸一日経った頃だった。


祐一が既に出発したことを聞いたあやめだが、特に簡潔な返事を返すだけで特別にどうにも反応を見せなかった。


そこから更に丸二日、あやめが動けるようになるまで時間がかかった。


「あ、あやめさんもう動いて大丈夫なんですか?」


外で体を動かしていた佐祐理があやめの姿を見かけ声を掛けた。


「……おかげさまで。まだあちこち節が痛みますけど、動く分には問題はないです」


「お二人ともここにいたのですか」


「あ、秋子さん」


二人の姿を見て、秋子が小走りに駆け寄ってきた。


既に季節は冬、特にこの国の特色として冬の季節が他の季節に比べ長いため、この時期に雪が降るのも珍しくはない。


「二人にお知らせがあります、今週末から団体戦の代表メンバーで合宿を行います」


「ふえー、合宿ですか……」


「…………」


「ええ、それと長期になりますからそれに向けての準備をしておいてくださいね」


それじゃあ、他の人にも連絡しないといけないので、と言って立ち去ろうとした秋子をあやめが引き止めた。


「悪いんですけど、あたしはそれには不参加でお願いします」


「え?」


「今のあたしは力不足ってのは目に見えてますからね」


「ですが、それでは……」


「分かってます。もし、あたしが自分で皆と対等以上に渡り合える、そう思えるようになったらその時はそこに行きます」


「………………」


「それじゃあ駄目ですか?」


「……了承」


しぶしぶと言った感じで秋子はうなずいた。


(本当は、目の届くところにおいておきたかったんですが……)


ある意味コレは賭けである。


「ただし一つだけ条件があります。必ず合宿期間内に来れるだけの強さを身に付けることです、どうですか?」


この条件と言うのに意味がないことは秋子も重々承知である。


「ちなみに合宿の期間は?」


「賞味一ヶ月です」


「……分かりました、それまでに必ずそこに行きます」


あやめは強くそう言った。


(秋子さんには悪いけど、藤咲さんに勝てるぐらい強くならないとあたしのプライドが許さない)


それが今の天王寺あやめの決意だった。





BK幕間 『フジの花サキ、そのハルカ遠くへ』

完結

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あとがき

今回にてBKの幕間『フジの花サキ、そのハルカ遠くへ』は完結いたしました。
次回はどうも無理臭い、同時進行になりそうです、全くもって前途多難。
短い間でしたがこのような稚拙な作品を受け取っていただけた冬遊雪姫さん、部下ESさんどうもありがとうございました。
それと共にこれからのF&S雑記帳の発展を願っております。
最後にもう一度、今までどうもありがとうございました。


2005 7/4 作者 姫遊