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BK幕間 『フジの花サキ、そのハルカ遠くへ』

第1話




天王寺あやめは不機嫌だ。


思えば、彼女が不機嫌なことはそんなに珍しいことではないのだがここ数日は特に不機嫌である。


「あー、う〜……えぇい!」


そもそも本人でさえそれを自覚し、どうにかしたいと思っているのだから他人にとっては更に、なのだろう。


「まぁまぁ、あやめさんそんなにカリカリしてますとお肌に悪いですよ?」


「だーっ! 元凶の一人がなに言いやがりますか、佐祐理先輩っ!」


振り返り、がぁーと捲し上げるがその様子に佐祐理は全く動じた様子を見せない。


「ふぇ? 佐祐理何かしたでしょうか?」


と、本気なのか冗談なのか分からない素振りで反応を返すものだからあやめもどうしたものか対応に困っている。


「あーうー……何かしたようなしてないような……」


と、物言いに詰まってしまい結局は同じことの繰り返しになっていた。


だから天王寺あやめは不機嫌である。


(……何でこんなことになってるんだろ?)


深いため息をついて一度現状を見直してみる。


場所は天王寺家、時間はBKのシングルス決勝リーグが終わってから3日後。


自分がいつからこんなに不機嫌だったかと言えば佐祐理のこともそうなのだがそれ以前が深い元凶であることに彼女も気付いている。


そう、彼女が本当に不機嫌になったのはBKのシングルス戦決勝リーグ終了直後からだった。





















BKシングルス戦決勝リーグ終了後、表彰式があった。


優勝者である佐祐理は一人リングにあがり脚光を浴びていた。


本来なら準優勝者である祐一もリングに上がることになっていたのだがその負傷の為その場にいなかった。


リング上、称えられる佐祐理の姿は神々しく美しかった、と女であるあやめがそう思った程だった。


そして表彰式後、秋子がリングの上にマイクを持ってたった。


観客も、そして今までシングルス戦を戦ってきた選手たちもその動向に注目する。


そう、今から秋子がしようとしていることは冬に開催される国と国のぶつかり合いである団体戦のメンバー発表である。


国の尊厳を掲げ、己の信念をぶつけ合う団体戦はそれこそお祭り騒ぎだ。


だが、それ故に問題もある。


お祭り騒ぎで済めばそれでよいが、ヘタをするとそれが国際問題になりかねない。


暴動に発展し、それが再び戦争への火種へと変わりえないことも事実である。


それでも尚、国と国との団体戦を取りやめないのはそこにガラスの国交が存在するため。


相手国とのつながりをそれで確認、偽りの平和を演出するためにそれは存在する。


今はそれでバランスが保たれているが、この先どうなるかは分からない。


取り敢えずは、今年もその時期がやってきたと言う事になる。


「それでは、団体戦メンバーの6名を発表いたします」


マイクを持つ、秋子が声を出す。


団体戦は補欠一名を含めた6名である。


「まず――――」


全員が固唾をのんで耳を澄ます。


「……文月代表、倉田佐祐理選手」


まず名を呼ばれたのはシングルス戦優勝者である佐祐理だった。


当然といえば当然と言う結果に観客も歓声を上げる。


その本人である佐祐理も嬉しそうに微笑んでいた。


「次に……皐月代表、川澄舞選手」


次に呼ばれたのはワールドシリーズの持ち主である舞だった。


その強さは折り紙付き、本人もあまり表情には見せないが嬉しそうだった。


「続いて、弥生代表……月宮あゆ選手」


それと同時に喜んで飛び上がったのは他ならぬあゆ自身だった。


余程嬉しいのか、近くにいた名雪や香里と抱き合っていた。


「次は文月代表、倉田一弥選手」


姉に続き名を呼ばれた一弥。


普段はあまり見せない笑顔を見せていた。


「……次に、睦月代表天王寺あやめ選手」


「え? あ、あたし?」


名を呼ばれたことが意外だったのか、あやめはそんな反応を見せた。


これで五人、残るはあと一人になった。


あやめを含め観客のほとんどが当然の如く残り一名を考えていた。


ここにはいない人間、勝利に拘ったが結果勝てなかったがそれでもその強さは証明された。


「最後の一名は――――如月代表、水瀬名雪選手」


期待された名は呼ばれることはなかった。
























結果、あやめの不機嫌の理由はそれだ。


祐一が代表に選ばれなかったことが不満だと言うことだ。


当然あやめだけではなく、観客全体に動揺が行き渡ったのは言うまでもない。


自分の娘だから優遇したのではないか、そういう声も聴かれた。


当然秋子もそれは予想の範疇のこと、メンバー発表後異例ではあるが相沢祐一の選考漏れの理由を明らかにした。


「ほんとに、もう無理なのかな……」


あやめが誰と言うわけではなく呟いた。


「祐一さん、ですか……?」


佐祐理が少し俯き加減に声を上げた。


「あ、はい……」


それに対し、あやめは気の抜けた返事を返した。


心の声が外に出ていた事に今更ながら気付いた。


だが一方の佐祐理も聞いただけでそこから更に声は聴かれなかった。


理由はあやめにも分かっていた。


「選手生命の終わり」、それが祐一の選考漏れの理由。


岩城、佐祐理との激戦の結果、祐一のそれは死んだ。


とてもではないが回復は見込めない、秋子はそう判断したのだ。


が、あやめが不機嫌なのはそれだけではない。


その後、祐一はずっとぼんやりとしている。


怪我があるので無理は出来ないのは重々承知しているがそれでもあやめは腹立たしかった。


あやめが部屋を訪れた時、祐一は部屋の中で外を眺めていた。


あやめの言葉にも上の空でその目は死んでいた。


結局あやめは吐くつもりの無い暴言をぶつけてその部屋をあとにした。


それ以来あまり会話と言う会話をしていないというのが現状だった。


本来ならそういう気まずい雰囲気と言うのはあやめは苦手で、真っ先に解決すべきだと考えているのだがそこにつけて佐祐理だ。


珍しく、と言う訳ではないが天王寺家に来訪者が訪れた。


決勝リーグの後、その夜に客人は遠慮がちに来たが、来た人が人だった。


「あのぉ〜、すいませんが少しの間家に置いてくださいませんでしょうか……?」


寛大な敷地、寛容な天王寺家であるからそれについては何ら問題は無かった。


何せ来た人間はあやめの知り合いであるのだから尚のことである。


だが、それがついさっきBKシングルス戦の王者になった人間だというのだからあやめも戒も驚いた。


こんな場合、理由を訊ねるべきではないのだろうかと天王寺親子は思ったがケースがケースなだけに訊ねずに入られなかった。


すると佐祐理は少し困った表情をしてこう答えた。


「えっと、倉田家を勘当されたと言うか勘当してもらってきたと言うか……」


「はぁ……?」


と、なんとも要領を得ない返答を受け天王寺親子も首を傾げるだけだった。


結局埒が明かないので家の中に入ってもらい落ち着いて話をすることにした。


「あの、それで一体どうして家に……?」


居間であやめに戒に佐祐理の三人が腰を下ろして話を始める。


「ええっと……佐祐理はお父様と賭けをしてですね……」


「賭け?」


「はい、もしも佐祐理がシングルス戦優勝したら倉田家を勘当してくれ、と」


「もし優勝できなかったら?」


「その時は倉田家の当主の座を光栄にお受けいたします、とそういう賭けでした」


「どうして倉田家を出ようと思ったかって質問には答えてもらえねぇだろうな……」


「ええ、それはすみません……」


「いや、流石に俺もそこまで追及したりしねぇさ」


戒の質問に少しバツが悪そうに佐祐理は答えた。


あやめはと言うと佐祐理の行動に対し、まったく理解が出来ないでいた。


家を捨てること、そして家を出る覚悟、何を思っているのか考えているのかあやめには理解出来ない。


きっと住んでいる世界が違うのだ、結局あやめの中でそれはそう結論付けられてしまった。


「で、何でウチなんですか?」


あやめの中ではこっちの方が重要だった。


理由は主に……。


「それはえっと……何ていうかここしか思いつかなかったと言えばいいでしょうか」


「………………」


なんとも解釈しがたい返答にあやめは黙り込んでしまった。


そんなこんなの何悶着もあり、今に至る。


「あぁもう……何がなにやら……」


不機嫌を通り越してあやめは頭を抱え始めた。


だが、あやめが本当に抱えるのはこれからだった。





























「んで、どうするんだ?」


道場の外、祐一の母である祐李と戒が会話していた。


「どうするも何も既に手は打ってあるわよ?」


「さすがと言うかなんと言うか……相変わらずだな」


「まぁ、そういうモノだから仕方がないのよ」


「で、話を戻すがどうなってるんだ?」


今一度真剣な面持ちを見せる戒。


「そうねぇ、連絡が来てからそろそろ経つし……もうすぐ来るんじゃない?」


祐李がニヤリと笑う。


「さて、面白いことになりそうね……」


硬い表情の戒を尻目に祐李は心底楽しそうに微笑んでいた。



















国境を越え、乾いた風から少し湿った大地に足を下ろし被っていたフードを下ろした。


「ふぅ……」


全身で風を感じると心が震えるように髪が揺れる。


靡く髪の毛をそっと左手でかきあげ、遠くを見るようにして呟いた。


「ここがカノン、か……」


少女はそう呟くと風のように駆けて行った。